5年後か10年後、いや20年後かも分からないが、いつか未来の自分が今の自分を振り返る為の材料として今回は「中年の危機」として書いておこうと思う。
先日、我が家に招いた友人のモニカが私にこう言った。
「それ、あなた中年の危機よ」(実際はスウェーデン語)
英語でMidlife crisisと教えてくれた。ここ最近の私の”奇行”をずっと目にしてきた末の発言であった。
奇行とは語弊があるかもしれないが、最近転職をしたり、ギターとハーモニカを買ってみたり、はたまたバイクを買おうかなと言ってみたり、しかし何故かハッピーではない。ちょっと前まではこんな事なかった。これら一連の言動は典型的な中年の危機だそうだ。
日本語で検索してみたところ、一定の目標を達成したが、次の目標が見つけられなくなり危機を迎えるということだ。先日中田敦彦がReHaqのYouTubeに出演し、まさにこの話をしていた。彼はお笑い芸人としてそこそこ売れ、テレビ業界に見切りをつけYouTubeへと身を移し成功した。そして彼は今どう生きていこうかと悩んでいるそうだ。
私と中田敦彦では次元が違う話ではあるが、彼の話を聞いていてものすごくしっくりと来た。私は気付かない内に偉大な目標を設定し、その為にガムシャラに頑張ってきたのだ。その目標とは、スウェーデンで生活の基盤を築くこと、そして家族に希望を抱かせること、結果的にはこういう目標に向かって毎日突っ走ってきたと言える。そしてこれは社会人になった頃から始まっていたのだ。当時はわけも分からず、とりあえず残業をし、先輩や上司にペコペコしてきた。いつか報われる時が来ると信じて。
家族みんなが幸せになることと独身時代の自分の在り方は密接に関与している。20代の頃は所帯を持てるのか漠然と不安だったし、キャリアは満足いくものとなるのか、これも不安だった。逆に言えば所帯を持ちそれなりの社会的地位を手にすることが目標でもあった。そして全力で遊んでいた。もてぎのサーキットで300km/hを出してバイクに全財産を注ぎ込んでいた。社内の配置転換で憧れのHRC(ホンダのレース部門)となり、若者がよく言うやりがいだのやりたい事はかなり充実していた。だが自分の人生において本当にやりたい事は何だろうかと感じていた時期でもあった。
やがてそれは長女が生まれて見つけることとなる。出世を目指すよりも家族の幸せの為に生きるべきだと確信する。
家族全員の幸せを考慮し、スウェーデンに移住すると決断したのが今から10年前の2015年。移住したのは翌2016年。当初、妻は無職で英語すら話せない、社会から疎外された存在であった。この状態ではスウェーデンの銀行は住宅ローンの融資すらしてくれない。ネットの画面で妻の収入をゼロと入力すると”次へ”のボタンが押せないイメージだ。
だがこれは想定の範囲内だった。移住を決断する時には既に覚悟ができており、妻は淡々と語学学校に難民と共に通い、次女の出産を挟み、やがて保育士の資格を得た。しかし、すぐに仕事がみつかるはずもなく、最初は当日に体調不良で来れなくなった保育士の穴埋めをする代役から始まった。早朝に電話がかかってきて、時間と場所を告げられる。運が悪ければ一週間ただただ暇なだけだ。これではまだまだ社会の一員からは程遠く、銀行もこのような雇用形態では融資をしてくれない。
その後しばらくして、契約社員として特定の園で働けるようになった。一歩前進だ。通勤に時間がかかるが、毎日どこへ行くか分からない状況よりかは遥かにいい。ただ、契約社員だとやはり銀行は門前払いだ。正社員の壁は本当に厚い。
代役や契約社員の期間が1~2年だったか。その後、コロナの直前に正社員になれた。この時は本当に嬉しかった。これで私も妻も、スウェーデン社会の一員となったわけだから。この頃、子供たちは幼稚園や小学校に通い、スウェーデン社会に完全に溶け込んでいた。当時は狭い家に住んでいた。といっても2LDKで75平米。東京に住んでいた頃は3LDKの72平米だったので、正直全く苦ではなかった。子供たちもまだ小さかったので一つの部屋を二人で共有していたし、周りのスウェーデン人からは「狭い家に住んでいるねぇ」と言われ続けたが、今思えばこの頃が一番楽しかったかもしれない。
コロナ禍だったこともあり、キャンプ道具一式を揃えたので毎週末アウトドアを楽しんでいた。この頃は意識して外へ出ていたことを覚えている。今思えばこれが心身の健康につながっていたのだ。
この頃、私は副業をやったりYouTubeを毎日更新したりと、周りのスウェーデン人からは「とんでもなくエネルギーがある人」に見えていたらしい。
妻が正社員となったが、これはまだまだ通過点に過ぎなかった。2LDKの狭いとされる家で暮らすのはそこまで苦ではなかったが、子供たちの同級生はみんな自分の部屋を持っていた。この点がいつも引っかかっていた。何故自分たちには部屋が無いのかと聞かれたときは、子供達に申し訳ない気持ちになった。
子供たちに各自部屋を与える、つまりこれは家族4人が住む普通の家に引っ越す事を意味する。これが移住当初からの大きな目標であった。スウェーデンでは住宅ローンを組む際、最低でも家の購入価格の15%を頭金としてキャッシュで用意しないといけない。周辺の相場を調べると、最低でも6000万円ほど出さないと納得のいく家には住めない。その15%となると900万円だ。引越しとその後の家具等である程度お金がかかるので、1000万円用意しないといけない。
我々夫婦は計画性が極めて欠落しているので、これまでろくに貯金をしてこなかった。妻が契約社員になって以来、妻の収入には一切手を付けないようにした。これを続けること3年、僅かな貯金と合わせて何とか1000万円を工面した。
そしてついに今住んでいる家の購入契約を結んだ。だが、新築物件で契約段階では更地にすらなっていなかったので、完成まで一年半待つこととなった。当時住んでいた2LDKのアパート(マンションの事)はいつ売れるか自信が無かったので早めに売却し、物件完成までは借家に住もうということになった。
思ったよりアパートは早く売れ、賃貸物件を探し始めた。2LDK、最悪1LDKでもいいから完成までの一年間我慢して住もうと思っていたのだが、ここで奇跡が起き、住んでいたアパートから歩いて3分の立派な戸建てに格安で住まわせてもらえることとなった。
そしてこの家に引っ越した瞬間に私の中の何かが失われた。これまでガムシャラに突っ走ってきたエネルギーが急激に減っていった。当時は自分に起きている状況がよく分かっていなかったが、YouTubeの更新が途絶えた。毎日撮っていたのが週一、月一となり、やがて半年間放置となった。副業も一生懸命やっていたがほとんど手を付けなくなった。一年の期限付きではあるが、長年目標としていた”まともな家”に住めたからだ。そしてその後は念願のマイホームであり、しかもスウェーデンでは珍しい新築である。
しかし、この頃、毎日生きる気力はまだまだあった。ちょうど社内で部署を移動し、設計部門からプロジェクトマネージャーとなったからだ。この役職はスウェーデン移住以来目指していた職種であり、慣れるまでに一年ほどかかった。ちょうど暫定の戸建てに住んでいた頃、新米プロジェクトマネージャーとして苦労したことを覚えている。
そして、いよいよ新築物件が完成し入居となった。そして、このタイミングでスウェーデン国籍を取得した。これが2022年9月。このタイミングではプロジェクトマネージャーとしての仕事にも慣れ切ってしまい、今思えばこの頃に生きる目標を完全に失ったと言える。
この頃から同僚との衝突が増えたと記憶している。それまではムカついたことがあっても何故か抑えることができた。それはおそらく大きな目標に向かって頑張っていたからだと思う。
新居に引越し、ダラダラと働く事2年弱、職場で謙虚さを失っている気がし、ついに自分のダメさ加減に気付いた。そこで思いついたのが転職だった。スウェーデンで家を買うことよりかはスケールは小さいが、スウェーデンでの転職はいつかやりたい事のリストの上位に位置していた。転職をすればまた生きるエネルギーが沸いてくるに違いない、そう思いながら転職という賭けに出た。
これを書いているのは転職をしてから約3カ月。転職自体は後悔していない。あのまま前の会社に残っていたら、ただただ嫌なヤツになっていた気がする。だが、生きる気力は沸いてきたのか、答えはNOだ。いや、正確には少しは沸いてきたというのが正解だろう。
大雑把な数値化で例えるが、スウェーデンに移住し、子供達と妻の社会的身分を確立させて家を買う事に費やすエネルギー量が100%だとするならば、今回の私の転職は25%ほどにしかならなかったという事だ。つまり、あと75%を何か別の事をして埋めないとあの頃の突っ走っていた自分は戻って来ないということだ。
モニカの旦那ハンスエミルのアドバイスによると、とにかく身体を動かせとのことだった。走って筋トレがいいと。体内に分泌されるテストステロンが生きる気力につながるらしい。40歳以降はこれが勝手に減っていくそうなのだ。妙に説得力のある話だった。
というわけで、重い腰を上げて先週から外を走ることにした。家の周りを15分だけだが、継続させることが最優先なので質はともかく、まずは習慣にすることが大切だ。その内ジムで筋トレもしよう。だが、これでは貢献度は5%にも満たない。
そして、クリスマスにストックホルム都心の楽器屋でギターをハーモニカを買った。昔から長渕剛が好きで、特に巡恋歌の92年東京ドームライブバージョンをこれまで繰り返し聴いてきた。そしてこれを自分で演奏してみたいと思った。以前から何度も思ってはいたが、今回は中年の危機ど真ん中であり、何か新しいことをやらないとマズいので迷いはなかった。ヤマハの安いアコースティックギターとドイツ製のハーモニカを買った。
早速やってみたが、これが意外と楽しい。一カ月ほど毎日練習をしてきたが、自分でも驚くほど上達した。通勤の車の中でハーモニカを吹きまくってるのはおそらく私だけだろう。巡恋歌はキーが高いのだが、車内で叫ぶように歌っている。なんか楽しい。ちょっと生きている感じがしてきた。在宅勤務の休憩時に思いっきり練習に励むのだ。家に誰もいないと思いっきり声も出せるし誰にも遠慮する必要はない。
ギター、ハーモニカがそこそこ演奏できるようになり、長渕っぽさが出てる時は本当に嬉しい。きっとテストステロンだかアドレナリンだかよく分からないが、いい感じの何かが分泌されているに違いない。
演奏の模様をFacebookに載せたら、思いのほかスウェーデン人の友人達に好評だった。夏になったら演奏してくれとご近所さんからもお願いされた。よし、夏になったら庭でバーベキューしながら披露しよう。今はこれを目標に頑張れている。レパートリーも増やさないと。スウェーデンの歌もやらないと。ギター、ハーモニカを通じて少しだけやりたいことが見えてきたのは嬉しい。
転職で25%。運動で5%。ギター・ハーモニカで10%。合わせて40%まで来た。あと60%は何で埋めようか。もはや手段はない気がする。また別の国に移住でもすればよいのかもしれないが、大義名分が見当たらない。興味本位で海外移住なんぞうまく行くわけがない。残りの60%を満たすにはもはや離婚するレベルの人生の大転換が必要だろう。
ちなみに、最近私の周りでスウェーデン人カップルが続々と離婚している。彼らもこの危機を乗り越えようと大胆な手段を取っているのだろうか。みんな子育てで手一杯となり、相手を愛せなくなったと言う。恋愛をしたいらしい。それを聞いて色々思うことはある。
では私は妻に対して恋愛感情を抱いているか。ゼロではないが恋人という感覚はまるでない。家族であり人生のパートナーであり、かけがえのない存在ではあるが、恋愛をしている時のドキドキはない。だがコレを悪い事とも思わない。しかし、きっとこのドキドキから身体に良いとか必要とされる何かが分泌され、生きる活力となるのだろう。
スウェーデンの人達はこれが欲しいのだろうか。しかし我々はどうしても子供達の事を最優先で考えてしまう。では彼らは子供達の事などどうでもよいのか、そんな事はない。離婚後も元夫婦は同じ街に住み、隔週で父母の元を行ったり来たりする。我々はコレを子供達に絶対にさせたくない。だかしかし、コレに固執するばかりに毎日我慢をしているのか…いや、我慢はしていないと、離婚が周りで増えてくると考えさせられる。
スウェーデンの人達は個人主義。家族の幸せの為には自分がまずは幸せでないといけない。親が家族の幸せの為に自分の幸せを我慢したくないと考える人が一定数いるようだ。
これ以上スウェーデンに染まると自分達も同じ考え方をするようになる気がして怖い。これまではスウェーデン社会に溶け込むよう努力を重ねてきたが、家族観までは変えたくないのでこれ以上は染まる必要は無いというのが今の心境だ。
中年の危機を迎えていいところもある。他人に対して優しくなれている気がする。以前は自分が生きることで精いっぱいで他人に優しくする余裕などなかった。他人が考えている裏側、奥底を探るようなことなんて一切しなかった。自分の感覚から直感的に外れている人や意見は一瞬で遠ざけていた。
今は牙が抜けたというか、気持ちに余裕があるというか、転職したばかりということもあるが、とにかく仕事で誰かと衝突することがなくなった。しかし、反面、情熱的に仕事に取り組まなくなったかもしれない。よく言えば、いいところで線を引けるようになった。ちょうど明後日、転職して3カ月で社長を含む役員会でプレゼンをすることになったが全く緊張しない。既に頭のなかでいくつかのシナリオが描けているからだ。正直3カ月でここまで順応できるとは思っていなかった。
これはこれまで突っ走るように生きてきたから得られた自信なのである。逆に言えば、今後50%のエネルギーで生きた場合は、成長曲線も鈍くなるということ。これも含め50%でいいのか、と自問自答をしていくことになる。
プレゼンは英語とスウェーデン語だ。だがこれも今では当たり前のこととなり、外国語を二つも話す自分を褒めることはなくなった。以前はメールを英語で書いただけで喜んでいたのに。
無論、エネルギー100%で生きた方がいいに決まっている。ただ今あれこれやってみてやっと40%まで来た感覚だ。あと60%なんぞ埋められる自信がないだけなのである。これまで20年かけて成し遂げてきたものはあまりにも大きかったのだ。残業しまくった独身時代、その後結婚し子供が生まれ、東京で家を買い、外資系へ転職し、その後スウェーデンへ移住を決意し東京の家を売却、片道切符でスウェーデンへ来た。スーツケース二つのみで。
そう思うと私はよく頑張った。
きっとオリンピックで金メダルを取り、4年後はもう引退が確定している選手はこんな気持ちかもしれない。ピークを迎えるのが若ければ若いほど、その後の人生は苦労するのではないだろうか。サッカー選手や野球選手もみんな同じだろう。現役の頃が一番楽しかったと思うのではないだろうか。
という感じでまもなく44歳を迎える私は毎日生きている。楽しく生きている。苦しんで生きている。
幸せとは何だろうか。
薪ストーブがある素敵な家を買えた。この上なく納得している。
スウェーデン国籍も取れた。
妻は楽しく働いてる。
子供たちは楽しく学校へ通っている。
車好きの私は憧れのBMWを買った。
残業は無い。
夏休みは一カ月。
もうこれ以上望むものはない。本当にない。欲しいものはパッと浮かばない。願い事はせいぜい腹の周りの肉がなくなってほしいぐらいだ。
人間は幸せを手にすると生きる目標を失うということを身をもって体験した。
移住当初は残業ゼロでただただハッピーだった。夏休みが一カ月だなんて信じられなかった。どんなに辛いことが起きてもこれらの夢のようなことが現実で起きているので、少しも苦ではなかった。だが、今では残業ゼロなんて当たり前だし、夏休みが一カ月より短くなったら鬱になる。人間とは不思議な生き物だ。
さて、今後これを私はどう克服するのか。こちらのブログで是非とも観察していただければと思う。
ではでは、またの機会に。